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青森家庭裁判所弘前支部 平成6年(少)177号 決定

少年 K・J(昭52.5.22生)

主文

少年を中等少年院に送致する

理由

(本件非行に至る経緯)

少年は、身体に障害がある両親とともに肩書住所地に居住していたものであるが、かねてより隣家に居住する伯父のA(当63年)に家の面倒を見て貰っていたところ、Aは酒癖が良くなく、飲酒酩酊して少年方を来訪しては、少年や両親に対して生活の指導をするに際して暴力をふるったり、少年方の家具を損壊するなどの乱行に及んでいたことから、少年は、同人に対して強い反発心を抱くようになり、平成5年末ころからは、同人が飲酒して少年方を訪れる際には、同人と口論をしたり、逆に暴力を加えて追い返しもするなどして、両者間の反目は相当に根深いものとなっていた。

Aは、平成6年4月14日の夕刻にも、飲酒酩酊して少年のアルバイト先のスーパーストアに押しかけ、同店の店長と押し問答をするなどしたことから、少年は、同人に対する不快感を一段と強めていたところ、Aは、さらに同日午後8時30分ころ、少年方居室を来訪し、少年に絡もうとしたが、少年が相手にしないでいたところ、同人はこれに激昴し、「ぶっ壊してやる。」等と意味不明のことを口走りながら同居室を出て、同所先路上において、同人所有のマサカリ(平成6年押第7号符号1、刄体の長さ8センチメートル、柄が木製で柄の長さが70センチメートルのもの)を持ち出し、同マサカリで同人宅に造り付けになっていたタキロン製の物置を乱打し破壊しはじめた。少年は、同物置内にはガスボンべが収納されているので爆発してはいけないと思い、Aを制止しようとしたが、同人は聞き入れようとせず、両名は同所で口論状態となったところ、Aはさらに憤激を深め、やにわに前記マサカリで打ちかかり、少年の右腕を2回殴打するなどの暴力行為に及んできた。

(非行事実)

少年は、前記の経緯で、Aから暴力を受けるや、自らも憤激が嵩じ、Aの暴力に反撃するとともに、この際、平素の鬱憤を晴らし、また、同人を自宅に来ないようにさせ、さらには自分の力を同人に思い知らせようと決意するに至り、前同日午後8時30分ころから同日午後9時ころまでの間、前記少年方先路上において、Aの腹部を数回手挙で殴打し、さらにいわゆる腰投げを同人に加えたところ、同人は同所に横倒しに倒れてしまったので、さらに同所において、横たわっている同人に対して、エルボードロップと称する肘打ちを数回その腹部に加えた後、Aは先刻マサカリで打ちかかってきたのだから、自分もやり返してやろうとの考えの下に、同所付近に落ちていた前記マサカリを拾い上げ、同所においてうつ伏せに横たわった状態の同人の背部や腰部を目掛け、同マサカリを両手で持って5、6回打ち下ろし、引き続き同所において、同人の腹部や背部、顔面等を10数回にわたり右手挙で殴打し、顔面や腹部をそれぞれ各1回力一杯足蹴りにし、「今度から、わのどこさ来るな。判ったな。」などと申し向けながら、同人の右腕を背中の方にねじ上げる等の暴行を加え、よって、同人に対し、肋骨骨折、前腕部尺骨骨折、顔面左頬骨弓骨折、脾臓破裂、左腎臓破裂、膵臓破裂、腸間膜断裂等の傷害を負わせ、同日午後9時ころ、同所において、上記傷害に基づく多数損傷によるショック死に至らしめたものである。

(適用法条)

非行事実につき刑法205条

(処遇の理由)

少年は、知的障害を持つ父と母の間の独り子として出生し、地元の中学校を卒業し県立○○高校に進学するなどして、本件までの間は、概ね大過なく成育してきたものであるが、少年が中学3年の時に、母が脳溢血で半身不随となったことから、本件当時は、少年の家庭は、両親の障害者年金に加え、少年のアルバイトの収入や家事の手伝いを支えとして、その生活を維持する状態となっていた。

本件被害者のAは、少年の母方の伯父であり、前記少年の母が障害者となって以後は、少年ら一家に対して親代わりと言って良い程に親身に世話を焼き、少年の家庭を指導しその家計等も管理していたものであって、少年においても、当初は、同人に親和感を有していたものであるが、その反面、同人には、前記認定のとおり、酒癖が良くない面もあったため、少年らの生活を指導するについて、飲酒酩酊の上少年方へ来訪し、命令的な口調でいろいろと指図をしたり、自分の気にいらない時には、少年や両親に対して暴力行為や家具の損壊等甚だしい乱行に及ぶことも繰り返していたところ、少年は、次第にAの権威的な態度等に反発感情を喚起するようになり、殊に、平成5年10月ころ、少年がAから家計の管理を引継いだところ、同人の金銭の管理内容に不審な点が見られたこともあり、少年の同人に対する反感は根強いものとなった。

そして、少年は、同時期以降、Aが自宅に来なければ良いとの気持ちを深め、同人が酩酊して少年方を来訪する際には、同人に対して口答えをして口論となったり、さらには、同年暮れころには暴力も振るって家から追い返したりもするなど、反抗的な行動をとり、少年と同人との間の緊張関係は深まったが、このような経緯の中で、ついには本件非行が発生したものである。

本件は、Aが、前記認定のとおり、酒乱の余り乱行に及ぶため、少年が止めようとして喧嘩闘争になったことに端を発するものであり、喧嘩闘争の直接の原因は専らAにあると認められるものであるが、他方で前記のような平成5年秋以降の少年とAの反目関係、特に少年のAに対する暴力的な面を伴った反抗の態度もその背景の一つであることは否定しがたく、本件は前記のような一連の闘争関係が発展しエスカレートした面もあるものと考えられ、全く偶発的・一過的な内容のものとは言いがたい。

本件の非行の態様は、殊に前記認定のとおり少年がAを腰投げで投げ倒して以後の部分に関しては、極めて一方的で執拗な暴力行為と言う他はなく、無抵抗の被害者に対し、長時間にわたり、殺傷能力の高い凶器も使用して、その身体の枢要部を狙って再三再四加害に及ぶなどし、結果面においても、被害者の受けた傷害の内容は甚だ重篤であって、同人をして程なく無念の横死を遂げさせもするなど、総体として著しく反社会的で人命軽視の姿勢が表出した内容のものと評さざるを得ない。

少年の性格傾向は、資質鑑別の結果によれば、現実にかかわろうとする姿勢が育まれておらず、消極的で逃避的な行動をとりやすいこと、また社会的現実感が乏しいことが特徴的であるとされ、また、対人関係で不満や怒りを感じても、適度に自己主張するなどして解決しようとせず、それらを内面にため込みやすく、漠然としたものだが、常に周囲としっくりいかないという感じやのびのびと振る舞えないとの不満が付きまとうとの面も有しているとされる。上記資質面の特徴性は、本件の発端となった被害者との人間関係の形成に影響していると思われ、本件の一因と言うことができるので、今後その改善を要するものと考えられる。また、少年は、本件非行後においても、本件の社会的意味を現実的に受け止め認識することが十分にはできていない状態にあるとされるが、前記資質の問題に起因するところもあるのではないかと考えられ、上記認識を深めるべく、資質面の問題を改善することは、少年の今後の更生のため不可欠であると考えられる。

なお、少年は、その資質面においては、粗暴性や反社会性は一般的には見られないとは言うものの、本件非行において表出した生命軽視の態度の大きさに鑑みる時には、今後、本件の内容に即してその重大性・反社会性に対して十分内省洞察を深め、自己の本件当時における判断形成の誤りについて正しく体得理解し、被害者の無念の心情を察してその冥福を祈るとともに、反省悔悟の念や生命尊重の規範意識を涵養することは、非行の再発防止の社会的要請に照らしても、その必要性が高いものと言わざるを得ない。

少年の家庭は、内部での情緒的な繋がりに欠けるところはないが、両親には、前記のとおり身体面・精神面での障害があり、その指導力は十分とは言えないことや、少年の直面する問題の大きいことも考え併せると、当面、家庭の監護や保護観察等の在宅指導のみによって、少年の更生を達成することは望めない。

少年については、以上のような諸事情の他、本件発生後、被害者の救護に努めたこと、捜査機関に対し自己の非行を申告し素直に自白していること、本件前に前歴等がなく、生活状態や学業態度、交共関係等にも大きな崩れはなかったこと、少年の家庭は少年の存在が支えとなっていること、本件後、被害者の遺族や近隣の地域住民からは、少年に対して寛大な処分を望む旨の嘆願書が提出されていることなど、酌むべき事情も見出されることろではあるが、これら諸事情を総合考慮しても、少年に対しては、現時点では、直ちに社会内処遇により資質面の問題を是正し、健会な規範意識の覚醒と定着を達成することは困難と言わざるを得ず、この際、少年を矯正施設に収容して、強制的な枠組みのもとで系統的な矯正教育を施し、人命尊重の規範意識や被害者への慰謝の念等の十分な認識や体得を強く促し徹底させるとともに、対人関係の在り方等についての資質改善のため専門的教育を加え、併せて社会復帰後の家庭やその近隣地域、在学校等との関係での環境調整を図ることが、最もその福祉に資するものと考えられる。

なお、本少年の処遇に関しては、少年には前記のとおり酌むべき事情もあり、矯正教育の内容としても開放的な環境の下で短期集中の方式により、生活指導に重点を置いた教育を施すことを以て足りると考えられることから、矯正施設に対しては特修短期処遇課程の指導課程で処遇すべく、また、少年の仮退院後の社会復帰にも困難が予想されることから、保護観察所に対しても環境調整を行って戴きたく、それぞれ別紙処遇勧告書及び環境調整命令書に記載のとおり勧告を付することにしたものである。

よって、少年法第24条1項3号、少年審判規則第37条1項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 畠山新)

〔参考1〕 処遇勧告書〈省略〉

〔参考2〕 環境調整命令書

平成6年少第177号

環境調整命令書

事件名傷害致死

少年K・J

生年月日昭和52年5月22日生

上記少年に対し、当庁においてなした平成6年5月19日付けの中等少年院送致決定につき、当裁判所は、青森保護観察所所長に対し少年法24条2項により下記のとおり勧告いたします。

本少年の処遇にあたっては、在籍学校及び福祉機関との連携を密に保つよう配慮して戴きたい。

平成6年5月19日

青森家庭裁判所弘前支部 裁判官 畠山新

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